これまでの人生を振り返ると、
自分はずっと「安定」を最優先に選んできた人間だったと思う。
公務員になったのも安定。
職場で出会った相手と結婚したのも安定。
波風を立てず、リスクを避け、
「ちゃんとした大人」になるための選択を積み重ねてきた。
少なくとも、そのつもりだった。
でも今の自分を見てみると、どうだろう。
離婚して、子どもとは別居で、
ひとりで病気と付き合いながら生きている。
結果だけ見れば、
かなり不安定な人生だ。
公務員を選んだのは、間違いなく安定志向だった。
収入は大きく上下しない。
職を失う可能性も低い。
世間体も悪くないし、親も安心する。
実際、今もその恩恵には助けられている。
ただ最近になって、
一つはっきり気づいたことがある。
公務員として身につけてきたスキルは、
組織の外に出ると、驚くほど使いづらい。
法律や制度、調整や稟議。
どれも「組織があること」を前提にした能力だ。
もし公務員を辞めたら、
自分は一気に不安定になる。
そういう構造の上に、人生を乗せていた。
結婚も、同じだった。
出会いは職場。
生活リズムも価値観も似ている。
「この人なら大丈夫そうだ」と思った。
でも今振り返ると、
その安心感の多くは、
同じ環境にいたから生まれていただけだった気がする。
環境が崩れたとき、
関係を支える別の軸を、
自分は用意できていなかった。
安定を選び続けてきたはずなのに、
実際に選んでいたのは、
環境が崩れた瞬間に、まとめて不安定になる選択だった。
安定だと思っていたものは、
ただ「変化が起きていない状態」だったのかもしれない。
変化が来た瞬間、
自分の足元には何も残っていなかった。
今も、答えは出ていない。
何が本当の安定なのか。
これから何を選び直せばいいのか。
ただ一つ言えるのは、
これまで信じてきた「安定」という前提は、
もう通用しなくなった、ということだけだ。
この先で、
じゃあ何を安定と呼べばいいのか。
今も、答えは出ていない。
何が安定なのかは、正直よく分からない。
ただ、これまで信じてきた前提が壊れたことだけは確かだ。

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